えー、皆さん。このテープは私の遺書の方を読んでから聴いて下さい。 遺書を読んでからでないと、あまり面白くありませんので、面白く聞くた めに、まず遺書を読んでいただきたいと思います。  それでは、私がなぜ祖母を憎むようになったか、その原因となる昨年の 夏の事件から聞いて下さい。これはその時の会話を私が隠し取りしたもの なんです。  えー、その前にちょっと、言い忘れたことがありますので付け足させて いただきます。つまり、これはフランス語学者の祖父が私の英語のLL (ランゲージ・ラボのこと)の成績が良くないと言うので、祖母に、「泉 はLLの成績が良くないのなら、夏休みの間に英会話の学校に行かせたら」 と言ったそうです。それで祖母は私に直接言うのが嫌で、私の母に言った のです。  すると母は、私がそう言う学校へ行きたくないということを知っていま すから、私は「バッキャロー、そんなところへ行くかってんだ!」と汚い 言葉で答えたわけですね。それを母が祖父と祖母のいるところに言って、 「泉はそんなところに行くもんか」と、そのままの言葉で伝えてしまった わけですね。そうすると、祖母は大変怒って、私の所へやってきたわけで すね。それで、えー、つまり自分が腹立たしいのですが、そのことは言わ ないで、「誰がそんなところへ行くもんか」と答えたら、祖母は、「それ では祖父がかわいそうではないか」という理屈を盾に、私を批判しようと するわけですね。 「それでもお前がそう思っているのなら、おじいちゃんの前へ行って言え」 というわけです。 <ここから隠し取りの会話> 祖母 おじいちゃんになんの感謝の気持ちもないの?それでは人間ではな    いね。 私  誰が、あんた? 祖母 人間らしい気持ちは少しもないのね。 私  そうかなあ。 祖母 そうだね。悪意があって勉強しろと言うのなら、汚い言葉を使って    もいいのよ。 私  わかった。わかった。 祖母 あんたが本当におじいちゃんを憎くて敵のように思っているのなら、    おじいちゃんに直接言いなさい。泉ちゃんは将来、世の中へ出たら、    おじいちゃんの力が必要になることがあるんだから・・・・。 私  世の中へ出て?世の中へ出るのは、ずっと後だよ。 祖母 ずっと後でも大丈夫です。 私  僕は生命のことを言っているんではないよ。 祖母 生命のことではないよ。なに言っているんですか!いい加減になさ    い。おじいちゃんの威光というのはどこかにあるんですからね。 私  威光?威光って遺書のこと? 祖母 いい加減にしなさい。おじいちゃんが本当に怒ったら、なにもして    くれませんよ。今は困らなくても、事実困ることがあるんですよ。  さて、ここまで聞いてきますと、僕が遺書に書いたことは被害妄想では ないことが、決してないということが分かっていただけると思います。  それでは、祖母の話はこれくらいにしまして、次は私の犯罪計画の方に 移りたいと思います。  まず、私がこの殺人の決意をしたというか、計画を立てたのは、昨年 (高校1年)の夏休みであります。どういう計画かといいますと、私は早 稲田大学の高等学院に在学しているわけで、希望する早稲田の学部に入れ るのです。ですから、早稲田の理工学部に入って、物理や化学を一生懸命 勉強して、爆薬の作り方を覚えて、それで大量殺人を行おうと思ったわけ です。  ですから、それまでは手を抜いていた数学や物理や化学の勉強を夏休み の後半からやり始めたのです。  そうしますと、2学期には数学IAの点が20点も上がって、84点、 数学IBは12点上がって72点、物理などは20点上がって90点にも なったのです。化学は一学期89点が79点に下がりましたが、これは、 外国旅行に行っていた先生が戻ってきて、厳しい採点をするようになった ためで、総合的にみますと、79点はむしろ上がったとみるべきです。  こういうふうに、私は理工学部に入って爆弾を造って人を殺そうと思っ ていたわけです。  ところが、11月の終わりになると、とてもそれまで待っていられなく なって計画を練り始めたわけですが、これを私の発作的犯行ととられたく ないために、同級生たちに冗談めかして、「人を殺したらどうだろうか?」 といっておったわけです。  さて、え−、犯行予定日は、初め2月10日、11日、12日の連休を 予定したのですが、それが途中で持ち切れなくなって、1月の13日、1 4日、15日の休みを利用して、いろいろと計画を立てました。  まず、13日の土噂日。これは家族の殺害です。えー、後ろからカナヅ チで叩いて気絶させて、その後で延髄を包丁か釘でぷっ刺して殺したあと、 祖母の部屋に死体をみんな集めますね。それから首や手足を切断して・・・。 もちろん、素手でやるのけ気持ちが悪いからビニール手袋をはめてね。で も、これはやめました。というのは、これをやるには相当の心構えが必要 だと思って、学校の図書館で人間の内臓の写真を見たら、僕にはとてもで きないと気づいたので、それはやめたわけです。その代わり、包丁で1人 につき100回刺すということにしたのです。多少、むごたらしさには欠 けますが・・・・。これで13日の仕事は終わりますね。  1月14日の日曜日。夜になったら街に出て、手当たり次第、できるだ け多くの人を殺す。といっても、6人以上殺すと死体が見つかって捕まる 率が高くなりますから、5人でやめましょう。途中で警察官の尋問に出合 ったったら、塾帰りを装うのです。  そうしますと、時間的には夜の10時31分から11時の間ということ になりますね。  え−、ここでちょっとテープを裏返しにしてください。そろそろ終わっ てしまいますから。  え−、なるぺく人通りのないところでやりまして、そして死体は何回も 包丁で刺す。もちろん、後ろからカナヅチで殴ったあとですよ。しかし、 狙うのは女性でなくて男性にしましょう。 だいたい、僕は顔が子供っぽ いですから、塾帰りのような格好をしていれば、とても通り魔とは思われ ないのですが、それでも夜道を女性の後をつけていけば、警戒されるわけ です。かえって危険です。30歳から40歳の男性の方がやりやすいわけ です。  さて、うまく気絶させたとしても、それを包丁で刺したあと、「ざまあ みろ」と書いた紙をバラまいておくのです。自分でいうのもなんですが、 この点は僕の発想のユニークな点だと自負しているわけです。でも、僕の 字は癖がありますから、定規を使って升目の中にきちんと書いておかねば なりません。これを学校の図書室にあるコピーを使って複写しておくので すが、なぜ学校のを使うかというと、お店ですと、僕はまだ子供ですから、 店の人が「ざまあみろ」という文字をコピーしにきたのが、子供だと覚え ている危険があるのです。  更にそのコピーをする時、また、そのコピーをした紙を升目に沿って切 る時、もちろん指紋が残らないように手袋をします。はたして、現在の警 察の鑑識で指紋から年齢が推察されるかどうか分かりませんが、僕はまだ 子供ですから、指紋から年齢が分かってしまえばまずいわけです。  つまり僕が子供であるということは、犯行が目撃されていない場合や、 犯人が子供だと分かっていない時は、捜査の対象から外されるので大変有 利ですが、逆に、犯人が子供だと分かってしまえば、捜査が狭められてし まうわけですね。ですから、決して指紋を残さないようにしておきたいの です。  ではなぜ「ざまあみろ」という紙を残しておくかというと、こうすれば、 かなりショッキングというか残虐という感じになるわけですね。はたして 残虐と報道されるかどうかはわかりませんが、それはまあいいのです。  それから夜は、僕という男は神経が細かいから、いろいろと緊張しすぎ て失敗することがあるでしょうから、少しウイスキーとかアルコールで神 経を静めて、そのうえで決戦に臨みたいと思うのです。それに使う包丁も 近くのスーパーで買ったものですが、怪しまれては困るので、ほかの炊事 用具と一緒に買ってごまかしたわけです。とはいうものの、警察が聞き込 みに歩き出したころには、僕は既に自殺しているわけで、あまり気にする こともないですよね。もちろん、犯行後は包丁などはどこかへ捨ててしま っているのですから、家へ帰るまでに尋問されても何も持っていないわけ で、「塾帰りだ」といえば放免されるのです。  また、足跡が問題になってはいけませんから、特徴のある学生靴はやめ て、祖父の紳士靴を借りようと思います。それから、何人か殺しているう ちに死体が発見されて、110番されて、それから非常線が張られるまで、 何分かかるか分からないので、これはカケになりますが、だいたいの犯行 時間は10時30分から11時の間ではありますが、それでは長すぎるの で、10分以内か遅くても15分以内に終わらせたいですね。  それでも検問に引っかかったら、「塾帰り」といえば案外うまくいくの ではないかと思っていますが、まあ、そこは運ですね。それにしても、ピ ストルが手に入れられないのが残念です。ピストルだったら、ずっと楽に 殺せるわけで、僕には何十人と効果的に殺す計画があるんです。  さて、次は15日の月曜日。この日は僕は自殺するのに駅から電車に乗 る必要があります。しかし、駅には刑事が張り込んでいるかもしれません から、どうやって突破するかというと、僕は友達と一緒に映画を見にいく というわけです。その時の時刻はだいたい朝の8時30分から40分の間 です。それで、「どこに映画を見に行くか?」と聞かれたら、「有楽町に 行く」といいます。更に、「待ち合わせに時間がかかるので、10時の開 館に間に合わせるために、8時半に出た」ということは筋が通っているわ けです。  それでも映画館の入場券の呈示を求めるかもしれませんから、『グリー ス』(事件当時、公開中のミュージカル映画)の券を二枚用意しておくわ けです。更に緊張しているでしょうから、精神安定剤というものを少し飲 んでおきたいわけです。それでも顔に緊張が出ている場合のために、言い 訳も考えているのです。ここが自慢したいところでありますが、ただの友 人と映画を見に行くというのではなく、「デートに行く」というのですね。 それも、「初めてのデート」ということにすれば、僕が緊張していること や、朝早く出掛けて行くということに対して説明がつくわけです。それに 警察官の方も、「そういう時に引き止めては気の毒」と思ってくれるかも しれませんし、僕がかわいい顔をしていれば、微笑ましく思ってくれるの ではないでしょうか?  それで、よもやこういうことはないと思いますが、「相手の女性の名前 をいいなさい」といわれた時は、小学校時代の女友達の名前と、今、彼女 が通っている高校の名をスラスラと答えるわけです。そういう生徒がちゃ んといるんですからね。  ここで話は飛びますが、日曜日の夜、緊張を和らげるために飲んだアル コールのニオイが万一、口に出るとまずいので、家を出る時は、口臭除去 のウガイ薬でうがいをしておきます。それでも気持ちが悪そうな顔ににな り、そのことについてとがめられた場合には「胃が悪い」といって、胃の 薬を見せるのです。  そして、「昨日のアリバイは?」などと、もし開かれたら、「今、父と 母は離婚しているので父はいない」といい、「祖父と祖母と妹は連休で旅 行している」ということにして、つまり、これで僕が連休を選んだ理由が 分かったでしェう。更に母はシナリオ作家で、その仕事のことでどこかに 行っている。そのことを証明するために、僕は駅の改札に行く時、母の書 いたシナリオを読みながら、いや読むふりをしながら通るわけで、ここま でくると、もうやりすぎですが、シナリオには「朝食千筆」というペンネ ームがついていますから、それで納得させる。  「夕方、母は帰ってくるので、この電話番号に電話してほしい」などと いって、生徒証を出す。そうなれば、まず、どんなことがあっても通して くれるわけで、通ってしまえば僕の勝ちである。  しかし、8時30分に家を出る前に "聞き込み″が回って来た場合、ま あ、連休なんて、みんなが遅くまで寝ているでしょうから、刑事もそんな にしつこく聞き込みはしないとは思いますが‥‥。まず、普通ならカギを かけておけば大丈夫ですね。つまり、連休で旅行に行っているんだろうと 思わせる。そして、それを裏付けるために、日曜日の朝刊は取らずに、郵 便受けに月曜日の分と二つ差し込んだままにしておく。更に牛乳も箱から 出さないで二日分放置しておけば、なおさら族行に行っているという感じ になりますね。  もちろん、戸締まりは完全にしておき、更に、血の臭いが死体から出て、 近所の人に気がつかれると困るわけですね。それで死臭を漏れないように するために工夫が必要で、そのためにも、その四つの死体(家族全員のこ と)を1部屋に集めたわけです。そして、どういう工夫をするかというと、 まず、今は冬ですから死体が腐るまでの時間は長いし、死臭というものは あまり広がるもんでもありませんが、用心のために、大型の脱臭剤、つま り、キムコの大きいものを二つ三つ部屋の中に置いておくわけです。  それから友達のことですが、僕の家の周辺で殺人事件が起こったという ことで、ピンときた友達が僕の家に電話をかけてきた時に出ないとまずい ので、親しい友人にはあらかじめ、「親戚の家に行く」といっておきます。  まあ、計画のだいたいのことはこういうところです。  これで計画の話は終わりますが、まだテープが残っているので、また、 例の私の祖母との会話の中で、祖母がエキサイトしているところをお聞か せしましょう。  祖母 (泉は)頭が悪い!  お聞きになりましたか。僕はこういう人と毎日、付き合わなければなら なかったんですよ。ひどいですね。何をいっても、「(泉は)頭が悪い」 「頭が悪い」。これで僕が遺書に書いたことが被害妄想でないことが分か っていただけたでしょう。  さて、いろいろと僕の立てたこの計画、ちょっと複雑すぎるというか、 くだらないことにまで念が入っていますが、皆様には興味深くて面白かっ たのではないかと思いますけれども、どうでしょうか。というところでテ ープもなくなりつつありますし、もう話すこともありませんので終わろう と思います。まあ、どうせ、今後も受験戦争、いや、受験地獄も学歴偏重 社会も永遠に続くのですから、バカな劣等生やら何やらは、まあ、そうい うところであがいていればいいんでございまして、どうぞ死んでいただき たいと思うわけです。もう、テープも終わりですね。  では、皆様、さようなら。