朝倉 泉 家族
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家族は、祖父(当時69歳)、祖母(当時67歳)、母親(当時42歳) 小学5年生の妹(当時11歳)の5人暮らし。父親(当時45歳)も大学 教授だが、昨年9月に別居、10月に協議離婚をしている。 祖父は、東大卒業後、暁星小学校の教師、外務省の嘱託、国際交流協会、 日大教授、茨城大助教授、東大助教授、東大教養学部教授などを歴任。定 年後は中央大学教授だった。仏文学者の第一人者として広く知られ、5年 前まで7年間NHKテレビでフランス語講座を担当。「フランス文法辞典」 (白水社)、「スタンダード和仏辞典」(大修館)などの編者の一人。 父親は、東大卒業後、祖父の元で助手を務め、事件当時はお茶の水大学 フランス文学の教授。「バビロンの王女」(ボルテール)の翻訳者で、ボ ルテール研究の第一人者。77年9月に家を出て、翌月に協議離婚の届け を出した。事件当時は麻布(田園調布との報道もあり)の実家に母親と共 に住んでいた。父親の父(泉のもう一人の祖父)は、元法政大学参事だっ た。 母親は二人姉妹の長女。津田塾大学を卒業。昭和48年からシナリオラ イターとして自立。「小さなバイキング、ビッケ」「太陽にほえろ!」 「まんが世界昔ばなし」「まんが ふるさと昔話」などに作品が採用され ていた。
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自宅・自室