「大いなる助走」 週刊朝日 1979/3/16 「祖母殺し高校生の母親が初めて語る息子の真実と事件の背景」から
      「大いなる助走」
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       私、彼は筒井文学の影響が非常に大きかったと思っているものですから、 彼がおもしろいから読めと言った、「別冊文撃春秋」の「大いなる助走」 という小説もごく最近読んだのです。彼がそれを持ってきたのは、去年の 暮れでしたけれども、いま考えれば、その時に読んでやればよかった。私 ちょうど忙しくて、それどころじゃなかったものですから、そのまんま置 いといた。彼は、私のところへ来るたびに、置きっぱなしになっているの を見ていたんだと思うんです。で、畜生、読まないなと思ってがっかりし てただろうと思って・・・。  それは直木賞がモデルになっている話なのですけど、その中のエピソー ドに、直木賞の候補になった人が、賄賂を使ったりして、これで大丈夫だ ぞと思ったにもかかわらず、選考委員の、それも泉がいうには、この選考 委員の名前は、読めば実在のだれだか分かるというような感じでひねって あって、その人たちの得手勝手な考えのために落とされる。その落とされ た人は、ひどいショックを受けて、ああいう連中が文壇でのさばっている のはよろしくない、抹殺すべきだというふうになりまして、抹殺したうえ で、自分は死ぬ、という話があるのです。非常に似てくるわけですね。  それで、ライフルか何かを持ちまして、選考にあたった、いわゆる文豪 と言われている人たちを、一人ずつ殺して、最後には、自殺じゃなくて、 たまたま事故死をるのですけれども、その前にあらかじめ計画として、何 人かまでは殺して、けっして警察にはつかまるまい、その前におれは死ぬ、 そういうことが書いてあるのです。  私、読んで、実はゾッとしましてね。泉はこれをやったんじゃないかな と。実は彼が例の「シナリオ」に鉄砲が入手出来なくて残念と書いている のを読んだ時、あ、これは田宮二郎だなと思ったのです。彼は、一時期、 田宮二郎をわりあいに好きだったのです。  泉は、最近は反応が純くなっていますから、私が何を言いましても「ヘ ー」とか、「う−ん」とかしか言わないわけですよね。それが「田宮二郎 が死んだんだって」と言ったら、「エーッ」と言ったんです。その驚き方 が、彼にしては感情がこもっていましてね。「どうして」と言いますから 「自殺だって」と言ったら、「あー、そう!」。  私、ライフルで自殺したらしいと言って、言わなきゃいいのに、男らし い死に方だと言ったんですよね。私の言った「男らしい」の一言にひかれ て自殺するのにライフルがあれはいいと思ったんだろうと、実は、ずっと そう思っていたわけです。ところが、筒井さんの小説を読んで初めて、あ れあれと思って。 index  年表  next(筒井康隆の本を破る)