筒井康隆の本を母に破られる。 朝倉和泉「還らぬ息子泉」から
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       そこへ起きたのが、筒井康隆の本破り事件です。これをきっかけに、今 までくすぷっていたママへの反感と不信は、チョロチョロと火の手を上げ 始めました。あの頃、あなたはX学園までサボって映画を見たりしていた んですよね。ママほそれを知っていながら、見て見ぬふりをしていました。 勉強勉強のあなたが、やはりかわいそうでした。好きな映画ぐらい、たま には見たっていいじゃないかと思ったのです。あなたが腹の中でママのこ とをどう思っていたにしろ、少くとも表面上の友好関係はまだ完全に保た れていて、あなたは相変らずママにべったり貼りついて、映画だの本だの についてしゃべりまくっていました。あなた自身、ママが敵か味方か計り かねていた時期だったのかもしれないし、もう見切りはつけたけれど、あ からさまに敵にまわすにはヤパイ相手なので、表面だけは取り繕っていた のかもしれません。  ママが何もいわないのをいいことに、あなたはだんだん大っぴらに映画 雑誌を広げるようになりました。これでは、お勉強係りのおばあちゃまを 刺激しないわけがありませんね。何度注意しても「ヌカに釘」と知ったお はあちゃまは、ママに矛先を向けてきました。こんな大事な時に泉が映画 雑誌ばかり見ているのは、お前の悪影響だ。親だったら注意するのが当り 前じゃないか。たまには子供の部屋へ行って、様子ぐらい見なさいよ!  そこで、親であることに間違いはなかったママは、あなたの部屋に出向 いていきました。あなたはベッドで筒井康隆を読んでいました。 受験が 近いことでもあるし、映画雑誌ばかり読んでいちゃだめじゃないの。少し ほ勉強もしなさいよ。高校、どこも受からなかったらどうするのよ。 マ マは型通りのお説教をしました。あなたは、ウソウソと素直にうなずいて ベッドから起き上がり、机に向いました。ママはヤレヤレと部屋を出た−。  ところが、です。約十分後、用事を思い出してあなたの部星に行くと、 あなたはベッドで筒井康隆を読んでいたんです! こいつ、人をバカにし て! カーツとなりました。ママは人に嘘をつかれたり、だまされたり、 たぶらかされたりするのが何より嫌いでした。そこで、あなたの手から本 をひったくり、怒りにまかせて破いた!  それは、あなたにとって大切な本だったのです。その後、あなたはずい ぷん長い間、同じ本を捜して歩いたようでした。でも、なかなか見つから なかった。あなたほ口惜しくて泣きました。ママはママで、大人げない態 度を後悔して泣いていました。やり過ぎだったとあやまりました。けれど も、一度燃え上った火は、もう簡単に消せはしません。ママに対する反抗 が表面化したのは明らかにこの時からでした。  『人間の証明』に出てくる西条入十の詩「帽子」をもじって、あなたは こんな詩を壁に書いています。
          母さん僕のあの帽子あなたが捨てたんですね ええ 夏 碓氷から霧積へいく途中 なくなった あの麦わら帽子ですよ なのに 母さん あんたは捨てましたね とぼけたってダメさ 僕 見てたんだもの 母さん あなたは僕が好きだといったんで わざと あの帽子を捨てたんだ 谷底に向って 投げましたね 僕は 見てましたよ
      index  年表  参考 (国家公務員になりたがる。)