第三章 (2)/8
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(2) 夜食
夜食を祖母は持ってくる。これも私と祖母とのつながりを自分で確認し
て満足し、また私にそれを押しつけようとした結果である。さらに、祖母
はこの夜食を必要以上に他の家族(母・妹)に秘密にしようとする。少し
異常なほど細かくくだらないことにまで気を使って秘密にしてみせ
るが、これは夜食を秘密にしようというのが本音ではなく、私と祖母の間
に共通の秘密を作ってみせ、それによって、二人だけの特別な世界を作り
あげて、二人のつながりの濃さを自分で確認して満足し、私にもそれを認
めさせようというのが本音だというわけだ。「秘密を共有するくらいおま
えとアタシとは仲がイインダヨ」と言いたいのだ。いやらしい。夜食なん
かで私をつなぎとめておけると思ったら大間違いだ。きさまの心理など、
こっちには手にとるようにわかるのだ。夜食について祖母はまだいやらし
い細工をほどこしている。むこうから夜食を持ってこないで、私が空腹に
なったと思えるころに顔を出して必ずこう言うようになったのだ。
「夜食はいらないね?」
この言葉は実にいやらしい心理を表している。まず、私がこの問いに対
して「夜食がいる」と答えた時は「夜食はいる?」という問いに対して
「夜食がいる」と答えた時より肯定の意味が強くなるのである。「いらな
いね?」の「ない」を打ち消して頼むからである。つまりそれだけ強く祖
母に頼むことになる。祖母はいたく満足する。次に、私が「いらない」と
言った場合は今の逆になって「いるかい?」に対して「いらない」と答え
た時よりも否定の意味が弱くなるのである。つまり祖母はそれだけ、断ら
れた不快感を味わわなくてすむのだ。なんとまあ手がこんでいることだろ
う。まだある。私が夜食を頼むと、それがチョコレート一つであっても祖
母は二十分程しなければ持ってこない。これは、むろん忘れたのではない。
祖母はその二十分の間自分が私に頼まれている、ねだられているという状
態を楽しもうとしているのだ。それだけでなく、私に少しでも長い間、夜
食のことを考えさせて私が今、祖母に何かをねだっている状態だというこ
とを思い知らせようとしているのだ。また、少しでも長い間、私に「ねだ
ったのに、もらえないおあずけの状態」を味わわせて自分(祖母)が優位
を味わい、私に「おあずけ」の劣位を味わわせようとしているのだ。
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