第二章 (9)/9
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とにかく大衆は馬鹿だし劣等生は馬鹿だし若者は馬鹿だ。若者と聞いて
またいくつかいやらしいことを思いだした。彼等はすぐに「青春っていい
もんだ」式の感情論に飛びつくのでいやになる。彼等には知恵がない。論
理的に考えることができない。不愉快なものは無視してしまう。そして舌
ざわりのいい感情論をさも高級な哲学のようにふりまわす。「仲間ってい
いモンダ!」馬鹿者。おまえらみんな低能だ。うじ虫め。左翼学生も最低
である。こいつらの心の底には深刻好み・義務好み、自分を認めてくれな
かった学校・父親に象徴される社会への憎しみといったものしかない。し
かもそれを認めずへんな理論をふりまわして自分を正当化する。体制が自
分を認めてくれなかったというので体制を攻撃しようというのだ。つまり
どう理屈をこねてつっぱってみてもこいつら左翼学生は父親に反抗する第
一反抗期の幼児と全くかわらないのだ。低能である。
また、電車の中で私と同年の他の高校生が私に対して見せる態度と、そ
の心理の動きは私の顔色を変えるほどいやらしい。特別付録(付録の付い
た遺書はめずらしいでしよう。)の写真を見ていただければわかるように
私はいかにも秀才という顔をしているし、上品なお坊ちゃんというかんじ
もする。それに目つきが冷たい。まあ美男子でもある。これだけで私に対
して「気にくわねえ」という目つきをむけてくる高校生が実に多い。何の
屈折もなくねたみ・反感をむきだしにするその精神の恥しらずな構造に驚
かされる。さちに、私は最近、一種の威厳というか、殺気のようなものを
身につけた。憎悪に四六時中こりかたまっていればこうもなるのだろう。
この威厳によって他の高絞生は自分達が無言の圧力を受けているように感
じさせられるのだろう。彼等は劣等感をさらに刺激される。そしてそれを
認めたくないがゆえにかえって攻撃的な態度にでる。にらみつけてくるの
である。ところが私はそんなことにはビクともしない。逆にやつらを怒ら
せてやろうと思ってにらみかえす。私が人をにらみつける時の目つきの恐
ろしさは友人が保証している。私ににらみ返されて劣等感を刺激されて、
駅でドアが開いた時に電車から降りるとみせかけて他の車両に乗り込んだ
いかにも不良馬鹿という顔つきの高校生がいたが、いい気味である。さら
に私が車内で単語帳を開くと彼等は横目でちらちらとその内容を探ろうと
する。つまり、単語帳の中に自分の知っている単語をみつけ出して、ああ
こいつ偉そうな顔しててもオレとタイシテカワンネエジャナイカヨと思っ
て安心したいのである。こっちはそんな馬鹿の心理ぐらい百も承知してい
るから、この馬鹿どもに自分達のみにくさを思い知らせ、不愉快にさせる
ために電車内ではフランス語(早大学院では第二外語は必修)の単語帳を
ひろげることにしている。単語帳をのぞきこんだ馬鹿生徒は顔色を変えて
目をそむける。こっちはそれを見てあざわらう。いいザマだ。人をねたん
だバツだ。
今度の事件で、たった一つの、いや二つの、三つの、四つの、いや何千
万の大衆・劣等生の家庭の食卓が私のこの事件と遺書の記事によって一瞬
でも、二瞬でも、三瞬でも気まずく不快な沈黙におおわれれば、またその
沈黙をはらそうとしたわざとらしい笑い声が食卓に響けば、私はこんなに
うれしいことはない。そしてそうなることが私にはわかっている。また私
の仲間のエリート枚生が一人でも二人でも − いや私はそれが何人もいる
ことを知っている − 何人ものエリート校生がよくやった、よくぞ言った
とひそかに会心の笑みをもらしてくれるなら私はしあわせだ。
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